12月の詩

LOSSTA

2016年12月03日 21:53




とうとうカレンダーが残り1枚になった。
『12月』と、書かれたその紙には、なぜか哀愁が漂う。
最後の一枚。
一瞬、昔のストリップショーを思い出す。
『・・・お客様、お客様、踊り子は、最後の一枚も脱ぎました!拍手!・・・』
布ではなく、紙だ。
今年の最後の一枚の紙。


鼻を近づけて、その紙の匂いを嗅いでみるけど、所詮、紙の匂いしかしない。
カレンダーの紙質なんて、3月であれ、7月であれ、9月だとしても、どれも同じだ。
だけども、12月の表示には、『凛』と、させられる、『何か』がある。
背筋が伸びるのだ。
『・・・今年も、あと少しか・・・いろいろあったよな・・・・思い残すことなく・・・』
と、そんな思いなのかもしれない。


あと、少し・・・。
2016年もあと少し・・・。
思えば、2016年のカレンダーの最初の一枚をめくったのは、1月、当然のことながら季節は冬。
凍える寒さに耐え、春の日差しに希望を見出し、夏に打ちのめされ、秋の切なさにシュンとなり、残すところ12月。
こうやって、いつものように、1年は過ぎてゆく・・・。
しかし、何かが違う12月・・・・・。




街もだんだん慌ただしくなってゆく。
スーパーやホームセンターでは、レジ待ちの行列が、日を追うごとに長くなる。
交差点では、渋滞が発生し、駅では、出会いと別れが交差する。
雑踏の中、いろんな言葉が飛び交う。
イングリッシュ、チャイナ、コりア、ビンズー、スパニッシュ・・・。
こんな小さな町でも、いろんな人種が集まっているんだな・・・。
そして、有線放送から、ラジオから、時折聞こえる、ジョンの声。
『ハッピークリスマスヨーコ、ハッピークリスマスジョン…』
この時期に聴く彼の声は暖かい。



寄り添う恋人達とすれ違う、失業中の冴えない青年。
笑顔とため息を、街のクリスマスイルミネーションが照らす。
幸せと不幸せ。
希望と絶望。
ポジティブとネガティブ。
ついてる人にも、ついてない人にも、平等に粉雪は降り注ぐ。
ただし、ついてる人は、タクシーを拾うけど、ついてない人は、濡れながら歩くしかない。
現実直視。


がんばった人にも、口だけの人にも、サンタは微笑むだろう。
ひょっとしたら、白く長い髭をさすりながら、赤い衣装を脱ぎ捨て、SEXにいそしむサンタだっているかもしれない。
『・・・俺だって、やりてえんだよ、わかる?この気持・・』
夢を叶える存在も大変だ。
サンタだって、基本、人間だ。
まあまあ・・・。
12月だからね、しかたないさ。




俺は、あいかわらず、パソコン画面を睨んでいる。
頭の中の、いろいろな場所から、言葉を探している。
朝が来るまで、女の子を探す行為に比べれば、あきらかにロマンはない。
女の子の髪を触る事を想像してみる・・・。
いやいや、やめとこ。
今は、文章に集中するべきだろう。
そうそう。



とにかく、何かを、残そうとしている。
何かを残そうと、躍起(やっき)になっている。
人は、一日中、布団をかぶって寝ているわけにはいかない。
やるべきことを見つけて、少しずつ、動くんだ。
少しずつ少しずつ・・・。




つまりは、今年はどうだったのか?
ってことを、考える時期にきている。
パスポートが閉店して、LOSSTAがオープンした。
まずは、『よくやったよね』って、思いたい。
そう、思わせてください・・・。
お願いします、神様・・・。




12月の空っ風に吹かれながら、もう少しだけ、シャンとしてみよう。
昔は、ワクワクしていた、レコード大賞も、紅白も、今は、気にしない。
でも、じょやの鐘は気にする。
『あ、終わっちゃうのか・・始まっちゃうのか・・・』
その時、ちゃんと、受け入れられるように、もう少しだけ、頑張ってみよう。
うん、それしかない。
それしかないよな・・・・・・。





成原。


















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